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シネマの食卓から。

農ある暮らしを描いた映画
 〜『空想の森』監督インタビュー〜


城市 真紀子
女子栄養大学文化栄養学科卒業後、同大学の出版部へ。月刊雑誌『栄養と料理』の編集をつとめて10年になる。同誌で映画から食の世界を広げる連載を執筆中。


■不思議な映画

 今回は、北海道のとある田舎で農のある暮らしを営む人々を記録したドキュメンタリー映画を紹介します。ドキュメンタリーは通常あるメッセージや問題などを伝えることを目的に、内容を構成されているものですが、この映画は、なんというか日々の暮らしを記録すること自体が目的というようなふわりとした構成で、そういう意味で稀有な映画でした。じつは、そのために試写の最初は、映画の内容がつかみにくく、少々退屈に感じてしまったのですが、30分を過ぎたあたりから、ぐんぐんと引き込まれました。都会とはまったく違う、農村のリズム。自然や周囲の人とつながって生きる暮らし。何気ない日常に沸きあがる感情・・・・・。そのようなことが、より感覚的に伝わってきて、ときにはふと、私もその場で体験しているかのような不思議な錯覚を覚えたのでした。


■野菜のおいしさに感動して

  試写から数日後、映画を撮った田代陽子監督に、映画について話をうかがう機会がありました。30代前半で私と同年代、東京に生まれ、大学卒業後北海道の帯広に移住した田代さん。この映画を作るきっかけになったのは、北海道新得町で行われている、ある映画祭を手伝ったことをきっかけに、その町で食べ物を生産する人々と出会ったことでした。

 「まったく農とは関係のない生活から新得町にきて、初めてスーパーで袋詰めされた野菜とは違う野菜にふれたんです。実際に食べて、そのおいしさにびっくりしました。どういう人がどうやって作っているのだろう、強い興味がわいてきたんです」

 実は映画づくりがはじめてだったという田代さんは、途中資金繰りに苦労して中断したりもしながら、なんと7年もの年月をかけて映画を完成させました。「ただ実のところ、“農のある暮らし”がテーマだと自分なりにまとめることができたのは、最後の編集段階だったんです。それまでは漠然とした衝動に動かされるように、新得町の生産者を撮り続けていたので・・・」。テーマありきではなく、撮るうちに自分の撮りたいテーマが浮かび上がってきたという、一風変わった製作の過程が、映画を見た観客に田代さんの眼が乗り移ったかのような感覚を覚えさせる効果を生んだのかもしれません。

 新得は広大な自然に囲まれた、農業や畜産、林業が主な産業の町。北海道という土地柄もあり、移住者の受け入れも盛んです。映画では、1970年代に京都から移住した宮下喜夫さん、文代さん夫婦が営む農園と、共働学舎という、障害のある人やさまざまな事情で集まった人などがともに助け合い農業や畜産を営む施設、その2か所の暮らしが軸となって進んでいきます。どちらの農園も、野菜は有機農業のため、大変手間がかかります。しかし、同時に無心に作業をするそのまなざしからは、自分の好きなことをしている人ならではの、落ち着きと充実感が伝わってきます。

 そして収穫した野菜で作る食卓の豊かなこと! ある日の宮下さんの昼食は、野菜カレー、まるごと蒸かしたかぼちゃ、ズッキーニやししとうのいためもの、なすとトマトのチーズ焼き。これが日常というから驚きです。

 田代さんに印象に残った料理をたずねると、次々とエピソードが出てきました。「本当に美味しい野菜は、そのまんまがいいんですよ。かぶとか大根、キャベツなどはさっと蒸す。そのまんま食べるか、塩かポン酢だけ。それがいちばん野菜自体の味を感じられる、といいますか、次第にそういう味覚に変わっていったんですね」。そして葉は味噌汁の具に、皮はきんぴらにと、捨てるところがないこと、また、野菜の場所は土壌や土地の場所、その年の気候によってまったく変わることも知ったそう。「冬は白菜がまた美味しくて。具は白菜と豚バラ肉だけ、しょうがとにんにくを加えて煮るだけのなべをよく作りました」


■これからの暮らしに悩む

 そして映画は徐々に、登場人物の心の中にも近づいていきます。共働学舎に勤める30代の山田聡美さんは、牧場に勤める夫と赤ん坊の3人暮らし。共働学舎は、「仕事だけではなく家族もたいせつにしてほしい」という創立者の想いもあって、職場に赤ちゃんを連れて行くことができます。赤ちゃんを背負ったまま、食堂で料理を作ったり、畑仕事をしたり、さらに周囲の皆が子どもをたいせつにしてくれる、子育てにはまたとない恵まれた環境です。

 しかし、一方で、これからのことで思い悩んでもいました。家族で独立して自分たちがこだわる農業や牧場をてがけたいという想い。夫は、牧場をやめる決心がついていましたが、聡美さんは悩んでいました。自分にとって共働学舎とは何か、農業とは何か・・・・・。彼女は日々の作業に従事しながら、あせらず納得いくまで自分の心に問いかけていきます。そして季節をひとまわりしたころ、ついにひとつの決断をします。実は、聡美さんの傍らでずっと撮り続けてきた監督には、なんとなく、その決断が見えていたそうです。

 私は、映画を見ているうちに、その一家のことをとても身近に感じてしまっていたので、その後、どう暮らしているか気になっていました。だから、田代さんから、山田さん一家は、選その後選んだ生活で、生き生きと暮らしていると聞き、ほっとしたのでした。


■どう生きるかを選んで

 最後に、ひとつ気になっていた質問を思いきって投げかけてみました。「映画は、農ある暮らしの豊かさや喜びを見事に描かれていますが、一方で経済的なことなど負の部分にはほとんどふれられてはいません。しかし実際は大変な部分もあるのではないでしょうか?」私は仕事や周囲の農業に従事している方を通して、その豊かな喜びとともに大変さもうかがっていたがゆえに、田代さんの意図をうかがってみたかったのです。

 田代さんは、少し迷いながら、しかし率直に答えてくれました。

 「それはもう、たとえば経済面は、とても厳しいです」宮下さんは農業だけではなく、農閑期はスキー場へ働きにいくこと。共働学舎の給料は少ないから、山田さん夫婦はお金をかけずに生活を楽しめるよう常に工夫して暮らしていること。そして、新得町は、移住してくる若者も多いけれど、それ以上に出ていってしまう若者のほうが多いという現実。「でも、一方で、ここに暮らすことを選んだ人は、“どう生きるか”を深く考えたうえで自分で決断してきたのです。そして自分が理想と考える生活を実現している。だから宮下さんなどは、常々“幸せや”と語っています」

 熱のこもった言葉を聞き、それもまた田代監督が伝えたかったことなのかもしれないと思ったのでした。   

★上映情報

2008年7月26日(土)から 東京の《ポレポレ東中野》にて上映中。 自主上映もできます。 くわしくは公式ホームページをご参照ください。
※こちらの上映は終了しました。今後の上映情報や自主上映に関する情報はホームページをご参考にしてください。

★食材情報

【共働学舎】
共働学舎の野菜やチーズはインターネットで注文できます。 ホームページ(http://www.kyodogakusha.org)
※本記事では字数の関係で省きましたが、映画では共働学舎のこだわりのチーズ作りについても詳しく紹介されます。フランスのAOC全国委員会名誉会長のジャン・ユベール氏、直々の指導を受けたそのチーズは「効率を求めず、すべて自然のままに」という教えを忠実に守って作られ、数々の賞を受賞しています。

【山田農場】
映画にも登場した、共働学舎で働いていたチーズ作りの名人、山田圭介さんが、その後独立して作った農場。こだわりのチーズが評判を得ているそう。田代さんいわく「彼はチーズ作りの天才です」。
お店の情報(http://www.oshima.pref.hokkaido.lg.jp/ss/num/icecream/milk011.htm)


城市 真紀子 (じょういちまきこ)

女子栄養大学文化栄養学科卒業後、同大学の出版部へ。女子栄養大学文化栄養学科の卒業研究では、足立己幸教授(現在、同大学名誉教授)の食生態学研究室に所属。現在は、月刊雑誌『栄養と料理』の編集を勤め、広く食に関する記事を制作している。最近の仕事では、別冊付録『ダイエット手帳』『メタボ手帳』を制作。書籍化となり、ただ今全国書店にて好評発売中。なお、映画が好きで、同誌の映画記者というもうひとつの顔を持つ。現在、同誌面でも、最新の映画の中の食卓を紹介する「フードシネマ」を連載中。




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