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シネマの食卓から。

最近の映画に見る、家族の食卓 (後編)


城市 真紀子
女子栄養大学文化栄養学科卒業後、同大学の出版部へ。月刊雑誌『栄養と料理』の編集をつとめて10年になる。同誌で映画から食の世界を広げる連載を執筆中。


 前回ご紹介した2つの作品はいかがだったでしょうか?
 それでは引き続き、残りの作品をご紹介します。


『トウキョウソナタ』(2008年)― お母さんと白い器 ―

 この作品も前に紹介した2作品と似て、現代のごく普通の家庭の崩壊と再生がテーマになっています。

 東京の郊外の一軒家に住むサラリーマンのお父さん、専業主婦のお母さん、大学生と小学生の2人の息子。一見平穏に見えますが、実はそれぞれがリストラや進路など大きな悩みを抱えており、それを家族に隠していました。同じ家に住んでいても心はバラバラなこの家族を、唯一つなぎ止めているのがお母さんが作る毎日の食卓。

 その食卓は派手さはないですが、家族の健康のために、家計をやりくりしながら栄養バランスを考えて作る堅実なものです。お母さんの人柄と、家族への想いを感じます。しかし家族にはその食卓の存在が当たり前のものになってしまって、気がつけば無関心に・・・。

 “お母さん”も生身の一人の女性。彼女もその家族との関係について、漠然とした鬱屈が積もっており、変化を起こすべくささやかな行動にでます。ある日は手作りのドーナッツを子どもに振る舞おうとしますが、2人の息子から「いらない」と見向きもされません。また別の日は夫に揚げたての天ぷらを出そうと、少し凝った演出をして帰りを待ちますが、運悪く夫は外で食べて帰って来てしまい、結局食べてもらえませんでした。夫を求めて手を伸ばしても、気づかれず、そのまま宙に浮かんだ手をみつめながら、「誰かここから私を引っ張って」とつぶやく妻。

 この映画では、“専業主婦のお母さん”の日常に潜む闇をヒヤリとするほど見事に浮き彫りにしていると感じました。この食卓で印象的なのが、いつも同じ白い皿―どんな料理にも無難に合う無個性の白い器―に料理が盛られていることでした。それは自分の気持ちを抑え家族の心をじっと受け止め続けるお母さんの象徴のようでもあります。そして、陶器のようにいつかパリンと割れてしまいそうな危うさまでも。

 お母さんの崩壊は、他の家族以上に怖いものだと、この映画を見ていると思い知らされます。なぜなら、他の家族が自分勝手に動いても、食卓があることでひとまず日常は続き、どこか安心していられるわけですが、お母さんが消え、食卓が消えてしまうと、それはもう家族の機能を見失って底なし沼のような闇に陥ってしまうわけですから。

 ホラー映画の名手、黒沢清監督は、そんな日常に潜む恐怖を見事に描いています。

◆トウキョウソナタ
監督/黒沢清 出演/香川照之、小泉今日子ほか




『歩いても歩いても』(2008年)― 明るい食卓も、暗い食卓も ―

 ある夏の日、久々に里帰りした実家での一日を描いた物語です。

 この作品は他の3作品と違って、何の事件も起こりません。久々に家に帰って来た子ども一家を、おばあちゃんが精魂こめた手料理でもてなし、皆で一晩を過ごす。ただそれだけの話です。なのに、心がざわざわっと揺さぶられる、すごい映画です。

 昔ながらの広い台所で、おばあちゃんや娘、孫も手伝って昼食の準備をするシーンから映画は始まります。監督はこのシーンを大切に考え、料理の音をていねいに拾うなど、細部にまでこだわった演出をおこなっており、結果、台所に立ちこめる匂いまでも感じさせるほどの臨場感を生んでいるみずみずしい名シーンとなっています。見ていて何とも心地よく、自然と映画の世界にひきこまれていきます。

 そして出来上がった料理は、大根のきんぴら、豚の角煮、とうもろこしのかき揚げ、枝豆とみょうがの混ぜずしという、子どもたちの大好物。さらに孫が昔ながらの料理を好まない場合に備えて出前の寿司まで用意。この心づくしの食卓からおばあちゃんがどれほどこの日を楽しみにしていたかが伝わってきます。しかし一方で、息子の家族はさまざまな事情から、この帰省を億劫に感じていました。

 それぞれの思惑はさておき、昼食はごちそうを前ににぎやかに盛り上がります。家族とはいえ、価値観や世代も異なれば、コミュニケーションも難しい。そんなとき、手料理の食卓はこの上ない潤滑油となってくれるのだなあと改めて感じます。

 そんな光に包まれた食卓から一転し、日が暮れて夜になると、昼間は見えなかった影があらわになってきます。「出前でいいわね」と疲れた様子を隠せないおばあちゃん。にぎやかな長女の一家も帰り、老夫婦と息子、その妻と連れ子だけになった食卓は、昼間とはうってかわり沈鬱なものに。でも、明るい中だけではわからない真実も見つけることができるのです。

 明るい食卓も、暗い食卓も、監督はどちらもていねいに描いています。その眼差しは、暗い食卓も決して否定していません。まるで明も暗も含めてともに過ごす事で家族は深まっていくんだよ。と優しく語りかけてくるかのように感じました。そして同時に、人はそのことになかなか気付けないということも……。映画のキャッチフレーズは「人生は、いつもちょっとだけ間に合わない」。暖かくもほろ苦い食卓です。

◆歩いても歩いても
監督/是枝裕和 出演/阿部寛、樹木希林


 以上、4作品の映画紹介、いかがでしたでしょうか。
それぞれ監督もストーリーも異なりますが、そこで描かれた食卓には、不思議とどこか共通した意味を感じました。

 それは、言葉にするのはむずかしいですが、あえていうなら、家族で食卓を囲むという事実の積み重ねが持つ、深さや重さ、尊さのようなものです。

 以前、食育の第一人者の足立己幸先生が、取材(※)の折、「家族の絆というのは、1本の糸ではなく、何百本もの糸で繋がっているんです。だから一度にぷつんと切れる訳ではなくて、時にたるんだり引っ張ったりしながら、1、2本切れたりする。食卓はそういった多様な繋がりが生まれる場であり、同時に、日々食卓を囲むことで、その変化に気がつくこともできる」という話をされていました。

 その言葉は深く私の心に残ったのですが、家族を持った今、改めて矜持のように感じています。

 映画は時として、その時代に生きる私たちに必要なメッセージを発信し、たいせつな事に気づかせてくれます。

 “食育”という言葉の浸透はしたものの、どう実践したらいいかという試行錯誤の段階が続く今、このような現代を描いた映画の中にも何かヒントが隠れているかもしれません。

※くわしくは『栄養と料理』2007年7月号「食生態学者と見た、映画『幸福な食卓』」にて。



<< 最近の映画に見る、家族の食卓 (前編)


城市 真紀子 (じょういちまきこ)

女子栄養大学文化栄養学科卒業後、同大学の出版部へ。女子栄養大学文化栄養学科の卒業研究では、足立己幸教授(現在、同大学名誉教授)の食生態学研究室に所属。現在は、月刊雑誌『栄養と料理』の編集を勤め、広く食に関する記事を制作している。最近の仕事では、別冊付録『ダイエット手帳』『メタボ手帳』を制作。書籍化となり、ただ今全国書店にて好評発売中。なお、映画が好きで、同誌の映画記者というもうひとつの顔を持つ。現在、同誌面でも、最新の映画の中の食卓を紹介する「フードシネマ」を連載中。




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